小説 昼下がり 第四話 『晩秋の夕暮れ。其の一』



HOME

HOBBY PAGE HOME

小説

ひねくれコラム

おもしろ株日記

兵法書


































Contact
有限会社 エイトバッカス
〒573-0081
大阪府枚方市釈尊寺町
25-23-205
TEL/FAX
072-853-7930
代表者:木山 利男


 「うぅん、知らないと思う。云ってない
もん。薄々(うすうす)知っているかも。
それに私、十八才よ。来年、卒業するのよ。
もう大人よー」
 「そうだ、そうだ。妙ちゃんはもう大人。
自分で自分のことを決めなきゃ。自己主張
もしなきゃー」
 透はストローでアイス珈琲をブクブクさ
せながら、口をはさんだ。
 「もちろん、妙ちゃんの行動は自由だよ。
それよりも透!お前は一言も妙ちゃんのこ
とを俺に云わなかったな」
 「すまん、すまん!妙ちゃんが啓一には
云わないでーって云ったんだ」
 「透!あんた、啓ちゃんに云わないって
約束したじゃない。この裏切り者!」
 時折見せる、妙子の言葉や仕草は秋子に
瓜二つ。髪を短く刈り上げた容色が清々
(すがすが)しい。
 背丈は一六〇aぐらい。引きしまった身
体には女の色香がただよっていた。
 「啓ちゃん、いやらしい!今、私の身体
を見てたでしょう。私を抱くシーンを想像
したでしょう。不潔!」
 「待てよ、妙ちゃん。俺は、俺はー」
 啓一は返す言葉が浮かばなかった。揺れ
動く乙女心の難解さに戸惑いを覚えた。

--------------------------------------------------------------

 妙子は眼を細め、道行く人々を瞬時見詰
めた。そして穏やかな表情に変わった。
 「いいのよ。少し啓ちゃんの困る顔を見
たかっただけー。
 だって、透にはデリカシーってものが存
在しないんだもん」
 「待て待て、待て〜い。俺だって繊細さ
は持ち合わせているぜ。
 小ウサギのような細やかな神経さ」
 啓一は思わず、口に含んだ珈琲を吹き出
しそうになった。
 釣(つ)られて妙子もキャッキャッと人目
もはばからず笑いこけた。
(二十一) 
 目の前の街路樹の間から射し込む木漏れ
日が、夕暮れの時を刻んでいた。
 「ところで君たちは何処へ行っていたん
だ?」          
 啓一は飲み終えた珈琲を御代りしようか
どうか、カップをせわしく動かしていた。
 「私ね、最後まで飲めないから、これ飲
んでー」
 意を察したのか、妙子が皿ごと珈琲カッ
プを交換した。
「あ!やめり、やめり。間接口づけになる
じゃないか。啓一、やめり!」
 透は冷静さを欠いた場合、往々(おうおう)
-------------------------------------------------------------

にして方言が飛び出す。
 「もう、透は!何が間接口づけよ。間接
キッスでしょう。古臭い言葉だわ。
 時代遅れの唐変木(とうへんぼく)!」
 透と妙子の年の差は六つ違い。本来なら
ば主客は透。現在の状態は転倒。つまり、
『主客転倒(しゅかくてんとう)』の様相。
 透はこの状況を心の底から楽しんでいる
ように感じた。
 「そうそう、私たちね、今朝一番で映画
を観てきたの。
 アラン・ドロンとチャールズ・ブロンソ
ンのフランス映画『さらば友よ』。
 よかったわー。男の友情、裏切り。ほと
ばしる汗、二人の息詰まる攻防。
 どう表現していいか解らないぐらいー」
 妙子の眼が虚(うつ)ろになっていた。
 「俺はラストシーンが印象に残った。パ
リのデカとの攻防。黙秘を続けるブロンソ
ン。貫き通した後、連れて行かれるブロン
ソンの前にドロンが近寄り、そっと煙草に
火を点けるクライマックス。
 互いに、相手の顔を見ちゃいけない。見
れば共犯者と目される。
 デカはそれをじっと見ている。エトセト
ラ。どうだい!俺の評論はー」
 透は得意げに、親指を突き出した。

<前ページ><次ページ>

Copyright(C)2010 All Rights Reserved Shinicchiro Kiyama.